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マネー・ボールを読んで考えたこと
何年か前に映画化された「マネー・ボール」(ブラッド・ピットが原作を読み、どうしても自分で映画化したいと熱望して、かなりの苦労をしながらもスポンサーを集めて自ら主演で製作したらしいです)の原作を読んでみました。
なかなか興味深い内容でした。そこでいくつか認識したことを整理しておきます。

(1)物事の本質をしっかり押さえていないと、データも統計学も何の役にも立たない
野球というのは
失点を上回る得点を挙げると勝つゲームである。
その得失点は9イニングで比べる。
攻撃は1イニングで3つのアウトを取られるまで行うことができる。
というのが根本の根本なわけです。
ということは「アウトにならなければ得点を挙げ続けることが可能」になります。
(ここまで突き詰めて野球を捉えた人がかつていたのだろうか、と思います。)
従って、如何にアウトにならないように攻撃を継続するかという着眼点から必要なデータを探し、それを元に選手構成もプレーも構築することで、10年間で900勝、プレーオフ進出5回という結果を出したのです。
しかし、このように野球を捉えているメジャー球団の関係者はアスレチックスのGMであったビリー・ビーンただ一人だったわけです。
何日か前の朝日新聞に統計学の博士号を持っている元首相が統計やデータ分析についてコメントをしていましたが、物事の本質を理解できてない人間がそんな道具を持っていたところで、結局は宝の持ち腐れだったことは明らかですよね。

(2)差異化ができている間が花である
元々野球は防御率とか打率とか、結構なデータが活用されていたのですが、それは本質を突いたものではなく、他球団も同じデータを握っているわけですから、差異化はできません。ビリー・ビーンの考えを他球団も同じことをやってくると、今まで通用した手段やデータが役に立たなくなります。
ただ、今現在この考えで運営されているのは30球団中6球団ほどだと言われていますから、まだ差異化はできているのかもしれません。
不思議な話ですが、これが現実です。
勿論、この手法にも弱点があり、徹底した確率論に基づいているので、レギュラーシーズンのように162試合という長期間で考えられる場合は有効ですが、プレーオフのように5試合、7試合という短期決戦だと確率通りにはならない異常値が出て攪乱されるケースがあります。事実、アスレチックスもプレーオフに5回進出しましたが、ワールドシリーズには届いていません。ビリー・ビーン自身も「この方法はプレーオフでは通用しない。私はプレーオフ進出までに責任を負っているのだ。」と明言しています。だから採用する球団が増えないのかもしれません。

(3)業界経験が大事だと言われる業界ほど、抜け穴があり、出し抜くチャンスが大きい
その業界にどっぷり浸かってしまうと「他の業界の常識は自分の業界の非常識」なんていうことが起きます。自分の業界の常識に囚われていると、その常識に囚われるない他業界からの攻撃に簡単にやられてしまいがちです。
でも、方針転換や価値観の修正というのは容易なことではありません。
今も8割の球団が旧来のデータを使う野球にこだわっている背景には「メジャーリーグでの経験があるかどうか」という、論理的な根拠に欠けるものしか重視しないという文化が根強く、そこから抜け出せない人が多いということがあるようです。

企業経営でも似たようなことが言えるのではないでしょうか。
自社で活用している指標は本当に有効なものと言えるのでしょうか?
一人でも多くの顧客を獲得し、できる限り長くお付き合い頂くという経営の本質に照らして考えた時、論理的、現実的に有効な指標を使っているでしょうか?
再確認してみてはいかがでしょうか。
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合理的、普遍的な思想を現実的、具体的な施策に落とし込めるか?
成長が止まらなくなる「稲盛和夫・4つの金言」街の床屋を激変させた言葉
大串哲史・オオクシ社長に聞く

という日経ビジネスの記事を教えて頂きました。(記事はここを参照して下さい。)

家業を継いで床屋の店主になった大串社長が盛和塾と出会い、稲盛さんと出会ったことで、今や30店舗を超える床屋さんのチェーンを展開し、10年連続で2ケタ成長を実現しているのだそうです。
この記事の中には、稲盛さんらしい、極めて合理的な思想とドラッカーさんにも通じる普遍的な思想が展開されています。

1店舗の「店主」だった大串社長が「多店舗展開を進めていくために必要なことは何でしょうか?」と稲盛さんに訊ねます。
その答えは
「(規模が)大きくなっても使える仕組みを小さい時から作っておくことだな」
規模が小さい(1店舗だけ)時には仕組みというようなものはないことが多いですし、まして規模が大きくなった時に効果的な仕組みは手間が増えるだけだと捉えられがちです。
ですが、大串社長のように多店舗展開を想定しているのであれば、いずれそのような仕組みを構築して導入しなければならない時期が来ます。
そのタイミングで新しい仕組みを導入しようとしたり、既存の仕組みを変えようとしたりすると、社員の反発などが想定され、スムーズには進まないケースがしばしば見られます。
導入できても当初想定したような狙いが実現できるような運用にならないということもありえます。
こういうことが起きないように、どうせ必要なら今のうち(小さいうち)に後々でも使える仕組みを作って定着させてしまいなさい、ということです。
極めて合理的な考え方ですね。
もし、多店舗展開に必要なことは?という問いでなかったとしたら、この答えは出さなかっただろうと思います。

普遍的な思想を重視しておられると感じるのは、順調に成長を実現している途中、盛和塾で別の経営者が稲盛さんに見せた「立派な装丁の事業計画書」を見て驚いたそうですが、更に驚いたのはそれをパラパラとめくった後、稲盛さんが発した言葉だったそうです。

「お前、現場を見てないだろ」

そう言ったそうです。
これを言われた経営者は二の句が継げず、その場で震えていたそうです。
当たってたんですね。

現場主義、現場が重要だということは稲盛さんに限らず、優れた経営者の多くが口にすることです。
ただ、それが実践できている人が決して多くはないことも事実です。
手間暇とコストを掛けて事業計画を作っても、それが現場に響かないものであったとしたら手間もコストも全て無駄ですし、社員と経営者の間に心のレベルでの溝が生まれます。
(単純な話、社員からすれば、「こんなもんにお金かけるんならボーナスをちょっと増やしてくれた方がよっぽどマシだよ」なんていうことになるわけです。)

こんな状態に陥らないために稲盛さんが仰ることは、

「何のために経営をしているのか。その目的、意義を明確にしなさい。」

ということだそうです。
これまたドラッカーさんが仰ることと全く同じですね。
何のためにこの事業をやろうとするのか?この事業の使命は何か?
ということを明確にしておきなさいということです。

そして、これを実践する上で、自社の実情に合わせて、具体的、現実的な施策に落としこみ、実行してきた大串社長の力も高く評価されるべきです。
稲盛さんが仰ることをどう理解して、どんな具体策に展開するかで結果は大きく変わるわけです。
そして、10年連続2ケタ成長を実現し、80店舗を見通すところまで事業を伸ばしてきたのは大串社長自身の力です。

コンサルタントとしては、このような視点と発想で、現実的に有効な、具体的な施策を考えだし、提案できるようにならないとダメだなと痛感するのでした。

オオクシHP
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ストロークとディスカウント
交流分析(Transactional Analisys)の中で、他者との人間関係を構築する上で重要な事柄の一つとして、

ストロークとディスカウント

というものが示されています。

ストロークとはどのようなものかについて、NPO法人日本交流分析協会のHPでは次のように書かれています。

TAでは相手の存在を認める言動の全てをストロークと呼んでいます。
「おはようございます」「こんにちは」という挨拶や、優しく微笑みかける肯定的なストロークもあれば、叱る、怒るなど否定的なストロークもあります。
人が幸せを感じるのも、不幸せになるのも原点はストロークの出し方、受け取り方によります。

相手に対してプラスのメッセージを発するものがストロークと考えれば概ね間違いないでしょう。
これに対してディスカウントとは、自己及び相手の存在や価値を認めない、または値引きすること、というように定義されます。
けなす/取り上げる/理不尽な行為/殴る/質問に応えない/無視する/取り合わない/聞かない/DV/レイプ
といった言動はすべてディスカウントということになります。

人はストロークのある環境にいる場合は、はつらつとしていい人間関係をつくり、生産的に振舞うことができ、自ら考えよりよく生きようとする姿勢をつくると言われ、反面ディスカウントの環境の中にいると自分を責めるかまたは相手を責める関係をつくり、関係性をダメにしていく方向に向かうと言われます。そして、やる気がなくなり、自ら取り組んだりする姿勢を失ったりします。
それは今の職場や家庭などの環境もありますが、幼少期の関係(親子または自分を取り巻く環境)が大きく影響すると考えられています。またこれらは、関係の中で起こってきた(または起こっている)のですから、本人や周囲の関係のあり方で変えることは可能だと考えられています。

こんなことを調べているうちに、

「18歳軟禁少女」と「スーザン」と「少年A」

というタイトルのサイトを発見しました。(下記URLを参照して下さい。)
http://www.jiritusien.com/nakaosodansitu/media/TA/pac0601.htm

ストローク飢餓やディスカウントばかりの関係に陥ってしまうと、大変なことが起きることが理解できます。

自分の周囲を見渡してみると、日常的な言動の基本がディスカウントのような人がいることに気が付きます。
そういう人の周りにいる人たちの姿、顔色、表情などをよく観察して下さい。
イキイキしているでしょうか?
楽しそうでしょうか?
多分、そんなことにはなっていないはずです。
そういう人と付き合わなければ済む話ではありますが、それがもし会社の上司であったり経営者であったりしたら、そんな簡単な話ではなくなってしまいます。

自分の部下や社員に対してこんな対応をして平気だという感覚自体は私には理解できません。ただ、人間ですから、部下が失敗したり、思うような成果をあげられなかったりすると、ついつい相手を罵倒するような言動をしてしまいたくなる気持ちも分からないわけではありません。
でも、そのディスカウントがもたらすものは何のプラスもメリットもないわけです。
汚い言葉を発して罵った人間が、その瞬間だけ、言いたいことを吐き出すことでスッキリした気になるだけの話です。
組織も人材も萎縮し、後ろ向きになり、ムードは暗くなり、業績も伸びなくなるでしょう。
ブラック企業と言われる会社の中ではこのようなディスカウントを意図的に発して、辞めさせたい人間を辞職に追い込むそうです。

こういう経営をしていないでしょうか?
それのどこが問題なのか、と感じるような感性になっていないでしょうか?

強い組織を作るリーダーは多くの場合、ディスカウントではなく、ストロークを用います。
それができないリーダーは気がつけばフォロワーのいない孤立した状態になってしまうでしょう。

日常の言動をセルフチェックしてみましょう。
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復興予算の流用問題を仕分けで決着させていいの?
東日本大震災の復興予算の一部が本来の目的とは異なるものに支出されていた、予算の流用が問題になっています。
予算の規模が大きいだけに、これに群がる連中も相当に多かったのでしょう。
民主党だけでなく、自民党、公明党も3党合意の中で、復興予算の対象範囲を被災地から全国に拡大することを認めていることから考えると、次の選挙を睨んでバラまける資金が欲しかったとも考えられます。
政府与党はこの復興予算を仕分けし、平成25年度予算の策定において厳正な適用ができるようにするというようなことを言っています。
この処理の仕方が本当に適切といえるのでしょうか?
来年度予算を厳正に策定しても、運用の時点でいかようにもできるということは過去の例でも、今回の例でも確認済みです。
支出の時点で流用ができないような歯止めがあるならまだしも、そのような仕組みはないのですから、来年度はもっと巧妙に流用される可能性が高いと考えるべきです。
科研費の不正受給が問題になるケースの中には、明らかに不届きなものもありますが、実際の研究をすすめる上で予想を上回る費用が見込まれることが明らかになり、他の費目に計上した金額から流用しようとしてもそれは一切認められません。
iPS細胞の山中教授が、研究員を正規雇用する人件費予算をきちんと計上できる仕組みが欲しいと言っている背景には、科研費予算を申請する時点で「人件費」として計上した金額を超えて人員に支出することができず、その科研費とは全く別の予算から人件費を捻出するしかなく、結果として短期雇用契約しか結べないという問題点があるからです。
復興予算の流用の論理を持ち込めば、山中教授は自由自在に人件費を支出することができるはずです。
でも、もしそれをして不正だということになれば、その科研費は返納を迫られます。

では、今回流用された予算は返納されるのか?というとそうはならないようです。
使っちゃったんだから返せといってもお金ないよね、しょうがないから来年からは気をつけてね、ということでおしまいにするというのが、今回の仕分けの狙いです。

政治家の多くがいかに手前勝手に、自分の議席確保のためを第一に考えた行動をしているか、それがおかしいとか問題だとか言える議員もいないということが最大の問題点です。
こんな議員を国会に送り込んでいるのは我々有権者なのですから、来るべき国政選挙で誰に1票を投じるかは今まで以上に厳しい目で判断をしなければなりません。
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ブラック企業リスト 他山の石とすることができますか?
知人のブログで、
ブラック企業大賞(http://blackcorpaward.blogspot.jp/
というサイトを紹介していました。
どういう企業が候補となるのか、具体的な条件も明示されています。

企業を経営する、あるいは家族以外の従業員を雇用する人は、このような賞にノミネートされないようにしなければなりません。
他山の石とするかどうかは経営者自身の意識やものの考え方で決まります。

このような賞にノミネートされるようなことが起きるのは、大なり小なり、経営者が同様の考え方や立ち居振る舞いをしている(あるいは過去にしていた)からだ、と私は考えます。
今もこんな立ち居振舞いをしているケースは勿論のこと、過去にこういうことをしていた場合、それを見ていた部下が幹部社員になっていると、同じようなことをしてしまうものなのです。
「社長も昔こんなことをしてたよなあ」
という感覚が刷り込まれてしまうのですね。
そして、経営者が知らないところで同じようなことをしてしまう、そういうことが起きるのです。
従業員が死亡してしまうようなことが起きてしまっては、経営者として「私の知らないところで起きたものだ」という言い訳は通用しません。
責任は直接の原因となった人間と同様に負わねばならならないのです。
ブラック企業と言われないよう、社内の労務管理やそのベースになるものの考え方や価値観を常に確認しておくことが肝要です。
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ブータン国王の覚悟の深さ
GNH 国民総幸福量という概念を打ち出し、世界的に知られるようになったブータン。
日本でも先日、若き第5代国王が、更に若くて美しい王妃と来日し、東北の被災地や京都などを訪問し、その慈愛の深さと教養の高さを披瀝していました。
今の国王は世襲の5代目ですが、ひょっとすると国王にはなれなかったかもしれないことをご存知の方は少ないかもしれません。
この国には、議会が国王を退位させる決議ができ、それに従わねばならないという法律が制定されています。
国会の信任投票によって国王を弾劾することができるのです。
この法案を提案したのは、先々代の国王、つまり、現国王の実の祖父、ワンチュク雷龍王3世なのです。
世襲君主制を選択しているブータンにおいて、もし、国王である自分が悪政を行なっていたら、はたまた、もし次の国王(自分の実子)が無能だったら、この国に不幸が訪れる、国が滅びてしまうかもしれない、それを防ぐための唯一の手段が、国王を退位させるという仕組みだ、と仰るのです。
国王に対する敬愛の深い国民性の国ですから、議会もさすがにこれは簡単には決議できるものではありません。国王に対して法案の撤回を懇願したそうです。
それを、「国会が国王に盲従していてどうするのだ?」という一言でたしなめ、国会はこの国王弾劾法を議決します。
この法律は先代のワンチュク雷龍王4世が即位する際に、国会が国王に無断で廃止してしまうのです。それを先代国王は、「私の息子が有能か無能かは2分の1の確率だよ」と父が言った言葉を改めて持ち出し、渋っていた国会に決議を促したのだそうです。
自分で自分の首を締めることになるような法律は絶対に作らないし、通さない日本の国会議員の方々とは、天と地以上の差異があります。
小沢代議士の裁判については、白か黒かや検察審査会の是否などばかりがクローズアップされていますが、これからのことを考えると最大の問題は、国会議員自身にとって一番都合がよいように設計された法律を放置していることだと思います。
国会の議員定数も然りです。

総じて、日本の国会議員は自分の既得権益を手放そうとはしません。それどころか、そうなる可能性があるものは芽のうちに排除しようとしています。
政治資金規正法がザル法であるということは周知の事実ですが、今回の判決で、それがスーパーザル法であることが露呈しました。
なのに、当の本人は

法に基づいてすべての処理をしている
違法なことは一切ない
だから自分は正しい

ということを平気で言い放っているわけです。
どこから調達した資金なのか?
その資金はどのように使用したのか?
ということをきっちりと示さなくても、「修正」さえすれば何のお咎めもなく「正式」で「間違いのない」ものとして認められるという制度はあり得ません。

企業の決算申告書がもし間違っていたら、税務当局から修正を迫られますが、不足分の税額を納付するだけでは済まないことがあります。
でも、政治資金に関してはそのようなことはないのです。

一日も早く、現在の政治資金規正法を有効な法律として機能するように改正するべきです。

でも、改正するかどうかの判断をする国会議員の大半が、ブータン国王のように、清廉潔白な立ち居振る舞いやものの考え方を受け入れられない人達のようですから、改正されてもすぐに骨抜きにされてしまうのでしょうね。
ここが「政治家」ではなく、「政治屋」と揶揄されてしまう根本があるように思います。
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不都合な真実
京都の繁華街、祇園で先週発生した、歩行者十数名と運転者が死傷した事故。
巷では原因究明と並行して、関係性が強いこと、弱いこと、どうでもよいこと、などなど、様々なことが情報収集され、主にマスコミを通じて発信されています。
癲癇を患っておられる方で、適切な治療を受け、医師の指導に従って服薬し、車の運転をしている人も少なくはないのだと思います。
ですが、今回の件でとばっちりを受けるようなことになりそうで、そちらも問題だなと思っています。

癲癇と運転の可否についてではなく、全く別の問題が浮き彫りになっていると感じているのですが、マスコミ各社は全く取り上げる気配がないので、問題提起をしてみたいと思います。
事故を起こした軽ワゴン車は運転席からまっすぐに電柱に追突して停車し、運転席のエアバッグも作動していましたが、運転者は死亡しています。
シートベルトをしていたのかどうかが分からないのですが、75km/h程の速度で電柱に激突すると運転者の安全は確保できないことがあると理解できます。

衝突安全性能という言葉をテレビのCMなどで一時期よく見聞きしました。
壁やコンクリートブロックなどに車を衝突させてもキャビンは守られますよ、というような試験映像を使ったCMもありました。
この衝突安全性は実験データを基に評価して星の数で格付けされています。

独立行政法人自動車事故対策機構

というところが国内で販売される車両についての安全性能をテストしています。

その試験結果を見ると、国産車の場合、軽ワゴン車であってもかなり高い安全性能を認められていることが分かります。
今回の衝突はオフセット前面衝突という形態に当たります。
数年前から各メーカーはこの状況での衝突安全性能を高める工夫を重ね、市販車に活かしていると聞いていました。

今回は速度がかなり出ていたこともあって、試験結果ほどの性能が出ていないようですが、果たしてそれだけなんでしょうか?

以前、ある輸入車のインポーターでプロジェクトに関わったことがあります。その際に聞いた話の中で、
日本の衝突安全性能の試験は、試験用の車両を作って実施している
海外の場合(例えばドイツ)は量産している製造ラインからランダムに試験車両を選抜して試験を実施している
この違いが大きい
ということがありました。

国内の自動車メーカーにとっては不都合な真実なのかもしれません。
こんな話はあまり表には出てきませんが、あながちデマではないようです。

日本の自動車メーカーは世界でもトップレベルの技術力(開発も製造も)を保有していると思いますが、最終の基準を決める時点で抜け穴があり、バカ正直にやっているとコスト増になってしまうようなことについては当然何らかの対策をしてくると思います。
それが衝突試験用の車両を作っておくということになるのだとすると、これはメーカーだけではなく国交省にも問題があると思います。

でも、ここに触れる人はマスコミも含めて殆ど見かけません。
いろんな意味で不都合な真実なのでしょう。

私はこの話を聴いて以来、国産車を買うという選択肢は捨てました。
同じ予算で買える欧州車を探すようにしています。(個人的な嗜好でドイツ車が好きなので、基本はドイツ車の中から選ぶようにしています。)
安全がお金で買えるのですから、少しでもリスクを減らしたいと考えるならこの手しかありません。
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新卒採用のやり方、そろそろ革新した方がよさそうです

ある漫画雑誌をメインとする出版社の採用担当者がこんな話をしてました。

漫画雑誌の編集者を採用するので、エントリーシートからその意思が読み取れるものを選抜して面接をしました。

 

「ウチの漫画読んだことありますか?」

「いいえ。私は子供の頃に読んだ〇〇という漫画が大好きで、漫画の編集者になりたいと思い、御社を志望しました。」

 

と、こんな受け答えが続いたそうです。

今、どんな漫画が売れるのか、ウケるのか、といったことには全く興味が無い学生ばかりが面接試験に進んだのだそうです。

エントリーシートがどのようなフォーマットだったのかは分からなかったので、詳細なことは言えないのですが、漫画の編集者に求められる要素であるマーケティング的な発想について、予め確認できるような項目を設定することはできなかったのかな、という疑問が湧いてきてしまうのです。

いつの頃から始まったシステムなのかは記憶がありませんが、エントリーシートという手法はそろそろ見直す時期に来ているのではないかと思います。

それだけでなく、特に新卒採用のやり方自体を根本的に見直す時期に来ているのではないでしょうか?

ユニクロのように他社に先駆けて新しいことに取り組む会社が既に新卒という概念を取り払い、在学中からユニクロで働きたいという意思がある学生を囲い込む仕組みを取り入れて運用を始めています。

有効な手立てかどうかを判断するにはもう少し時間が必要かもしれませんが、このような動きが出てきている時点で、現在の新卒採用のプロセスや仕掛けは既に制度疲労を起こしていると考えるべきだと思います。


先述の出版社を例に取ると、エントリーシートで漫画雑誌のマーケティングに関する意識や前提となる条件や経験を把握できないなら、例えば、最初から試験を行なって一次選抜をするということも可能なのではないでしょうか?

試験の問題の中に、採用する上で満たすべき条件を持っているかどうかを確認するようなものをたくさん盛り込んだらいいと思うのです。

ネット上での試験だと、参考資料を調べたりということも可能なので実力の判断ができるかどうか微妙かもしれませんが、制限時間を短くして、調べていたらタイムアップしてしまうというような仕組みは作れるでしょう。

何度も挑戦して、問題を覚えてしまうというようなことを排除するなら、1度タイムアップしてしまったら、一定期間はそのサイトにアクセスできないようにすればいいのです。

こうしておくと、意味があるかどうかわかりもしないエントリーシートを延々と読み、一次選抜するという不毛な作業に時間をかけずに済むようになるはずです。


面接というのも難しい選抜方法だと思います。面接したところで本人の本性が見抜けるかどうかも分かりません。少なくとも私にはそんな自信はありません。

電車の中などで、リクルートスーツを着込んだ、見るからに就活中の学生と思われる人達が、とても一緒に働きたいとは思えないような立ち居振る舞いをしているケースを何度も見ています。

彼らは面接で一体どんなことをしゃべっているのだろうかと疑問を感じます。

優先座席に平気で座ったまま、高齢者が目の前に立っても席も譲らないのに、社会福祉法人の面接を受け、高齢者介護に関わりたいです、などと言っているとしたら、一体どちらの姿を信じたらいいのか、と言うことになります。

こう考えると、面接の仕方や面接以外の方法で二次選抜をするという方法も考えていく必要があるでしょう。


例えば、グループワークをさせ、そのプロセスを観察するという手もあります。

もちろん、手間もコストもかかるので簡単ではありませんが、対象者数がある程度絞られてきたら、実行できる範囲だと思います。

あるいは、全員を一定期間アルバイトとして雇用してしまうという手もあるでしょう。

全社員が採用担当者になるのです。

一緒に仕事をしてよい、仕事を教えてもいいと思える人物かどうかは一緒に働けばある程度は分かります。

決められたプログラムではないので、事前準備をするにも限界がありますから、素が表れるでしょう。

就業後に一緒に帰ってみたりすると、一社会人に戻った時に最低限のマナーやエチケット、常識を持っているかどうかなども見えてくるでしょう。


工夫の余地はまだまだあると思います。

採用時のミスマッチほどお互いに不幸なことはありません。

これは企業が良い人材を効率良く採用するために取り組むべきイノベーションだと思います。

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秋山学校にみる中小企業ならではの人材育成
横浜にある秋山木工という会社の仕組みが非常にユニークで、中小企業が勝ち残っていくための人材育成のあり方を示してくれていると思います。

秋山木工の会社概要は以下のリンクを参照して下さい。
秋山木工会社案内

秋山学校の募集定員は約10名となっています。多分きちんと指導できるメンバーの数から逆算された人数でしょう。
これに対して100名を超える応募があるのだそうです。大半は高校を卒業した新卒だそうですが、中には大学を卒業した人もいるそうです。(今年度入校生8名の中には同志社大学卒業の女性がいました。)

事前に約10日間の研修があり、そこで社会人としての基礎を徹底的に仕込まれます。
社長がダメだと判断した人はそこでリタイヤです。
無事に通過した人は全員丸坊主になります。
親元に戻れるのは盆と正月の2回のみです。
1年間、必死で働き、家具職人としての基礎を身につけることへの覚悟をさせるためだそうです。

また、携帯電話とメールは禁止です。家族との連絡は手紙しか許されません。
手紙を書くことなんてどんどんなくなるから、こんな機会にこそ、手紙のよさを理解させたいし、手書きすることで初めて文章力もついてくる、という考えがあるそうです。

事前研修での最初の課題は自己紹介でした。
社長の近くに座っていた人から順に自己紹介を始めます。
秋山社長は何も言わずに聞いています。
8人全員の自己紹介が終わった時点で社長が発した言葉は、ある人を指名して「全員の名前、言えるか?」
でした。
その子は答えられませんでした。
隣の子にも同じ問いかけをします。
自分の隣に座っている人の名前さえ出てきません。

「自己紹介しろ」と言われたから自己紹介しました、というように無目的に物事に取り組んでいるという事実が白日のもとに晒されます。
「上司から指示されたことだから」ということだけで、何も考えず、言われたことしかしない、言われたこともロクにできないという社員がいるという話を聞きますが、こんなちょっとしたことからでもきちんと気づかせ、躾をするチャンスがあるのです。
自己紹介について社長のOKが出たのは4時間後でした。

人の話をキチンと聞いて、そこで理解すること、人にちゃんと伝わるように自分のことを話す能力を鍛えることが自己紹介の目的だったわけです。
そういう行動ができる人間になりなさいというメッセージが明確に伝わります。

2つ目の課題は親への手紙を書くということです。1年間は手紙以外の手段でコンタクトできないわけですから、そのための練習ということもありますし、

親やお世話になった人に対する感謝の気持ちを思い起こすこと
何かを伝えるために必要な文章力を身につけること

という2つの目的でこの課題が設定されています。
他にも9日間、みっちり研修プログラムが組まれています。

毎日のスケジュールは6時に起床し、2kmのランニング、会社周辺の清掃をして、朝食を食べ、仕事に向かいます。
このランニングと掃除には社長自身も毎日必ず参加するのだそうです。

これはルールだからお前たちちゃんとやっとけ、と言うだけで、先輩や社長はたまにチェックしにくる、というようなことではありません。
社長もやるのです。

このように、中小企業が勝ち残るための人材を育成していくためには、経営者自身が人材の採用から教育に対して全身全霊で取り組む必要があります。
人任せ、まして業者任せなどということではうまくいきません。
業者任せでは、その業者がいなくなった時に必ず問題がおきます。社長自身が行うプログラムの中で必要に応じて外部のリソースを活用するということになっているべきです。
また、初期研修さえやっておけばよいというものでもありません。
日々の仕事を通じて、仕事をする上で認識しておくべきものの考え方、取り組む姿勢、ものの見方といったことを徹底的に教え込む必要があります。
これが後から活きることになるのです。
正解を求めたがる、効率良い(実は単に「楽な」というだけですが)やり方を求めたがる今の新卒に対して、その前に身につけるべきことをきっちり教え込むことは1週間や2週間の短期間では無理です。
1年、2年という期間が必要です。
ということは、職場の中で常にそのようなものの考え方をするように迫る環境を経営者が仕組んで作る必要があります。

要するに、躾のし直しをしなければならないのです。
そのためには、どのような躾をなすべきかということについて、経営者自身が明確な考えを持たねばなりません。
新入社員だけではなく、先輩社員や上司もその躾ができていなければなりません。
会社の中の文化や風土になっていなければならないのです。
仕事そのものを行う技能は日常的にやっていることですから、分り易く教えられるようにさえなっていれば良いのです。
仕事の質を追求するという姿勢もまた躾の一つです。
教えてもらえなかったからできない、教育システムが不備だからできない、こんなことを言わせるようではダメです。
教えてもできない奴はいつまで経ってもできません。
自分から教えを請い、必死に身につけようとする意思と姿勢が不可欠なのです。そのような姿勢になるよう躾をしなければ教育など全く機能しないのです。

横道にそれますが、宅配便の送り状の書き方が、先輩に聞いたけど分からなかったから時間がかかった、と親に泣きつき、親も「会社としての教育が不十分だ」と平気で言ってくる時代です。
このような社員にいくらシステマティックに教育しても、教わっていないことは一切出来ず、教えられたこともまともにはできないということにしかならないのです。
これはシステムの問題ではなく、本人の意識とものの考え方の問題なのです。
そこを最初の段階できちんと躾をしてしまわねばなりません。

これを中間管理職や外部の人間にさせるのはやはり難しいのです。
経営者自身が先頭に立ち、精一杯の時間を割いて取り組むべきなのです。
実践的な事柄を実践を通じて、日々、徹底して指導するという仕掛けを作り、経営者が先頭に立って実行することが大切です。

また、このようなプログラムを通常の雇用契約の中で行うことは不可能です。週40時間という労働時間の縛りに引っかかります。
雇用契約ではなく、研修や教育機関にいる間は労働法の縛りから解放されます。
その点でもこの秋山学校という仕組みは考えられています。

本気で何かの技術を身につけようとしたら、1日8時間しか仕事をしません、というような意識では何十年もかかります。一人前になるのに気が遠くなるような時間がかかります。
これでは大企業との競争に勝てるはずがありません。
1日24時間、全部を仕事に振り向けても良い、というぐらいの覚悟が必要で、実際にも1日10時間でも15時間でも働くことが求めれられることがあり、それをこなすことで短期間で技術が自分のものになっていくわけです。
長時間労働が大切だということではありませんが、成長するためには時間の絶対量が必要で、それをどれくらいの期間で投入するかで成長スピードが決まります。
大企業が普通にやって10年かかることを10年かけてやっていたのではいつまで経っても勝てないのです。5年でやり遂げるからこそ、同じ経験年数の人材同士なら勝てる可能性が出てくるわけです。
そのためには、労働法の縛りを超えて、自己投資として自分の意志で時間を投入できる仕組みが必要なのです。
学校という枠組みを長く続けることは難しいわけで、どこかで雇用契約に移行する必要があるでしょう。雇用契約の中でも何らかの仕組みを考える必要がありますが、この点をブレイク・スルーした例はまだ目にしたことがありません。
これが次の課題だと思います。
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閉店でなぜ売上が伸びるのか?
有楽町西武、四条河原町阪急、くいだおれ…
いずれも近年閉店したお店です。
閉店します、という告知がなされた後でマスコミが食いついたりしたらあっという間に話題になり、それまでは閑古鳥が鳴いていたのに驚くような人出になっていました。

これを利用した販売不振のお店を改善する方法の一つとして「閉店セール」、「店じまいセール」という告知をするというものがあります。
経営改善の依頼を受けたら、まずこの告知やチラシを作成して閉店セールを仕掛ける流通系のコンサルタントもいます。
10年以上前ですが、この手法を実践しているコンサルタントの方から、

この方法は確実に売れるんですよ

と聞かされていました。
ただ、自分自身で実践するチャンスはなく、そうなんだろうなあ、という程度の理解に止まっていたのですが、最近、あるプロジェクトでこの手法を実践する機会に出くわしました。

やってみると、確かに来店者数が上がり、売上も伸びるのです。
ある程度は値引き販売するので儲けは少なくなりますが、いつまで経っても回転せず、不良在庫になっていたものもそれなりに売れていきます。
手元に資金ができてきますから、新たなものを仕入れることができるようになります。
内装を変えることもできます。
そして、装いも新たに、リニューアルオープンセールを打つ、という展開になるわけです。

ある程度知名度のあるところはマスコミが取り上げるので人が殺到するのかもしれませんが、街の小売店の閉店セールでも人が集まるのはなぜなのでしょうか?

結局、安売りをしてくれるということが最初から分かっているので、いつもなら買わなかったものでも、3割引き5割引きなら買ってもいいかな、と思うものを探しに来るのです。
要は「割引」というキーワードに釣られるわけです。
「閉店」=「割引」=「お得」という感覚なのです。
閉店セールを戦術として実行するのであれば、この点をしっかりと理解した上で、効果的に売上や利益を確保するための仕掛けを作っておかなければ意味がありません。
完全に閉店する場合ではない(店舗改装のためなどの理由がある場合)では、赤字覚悟というのは単なるキャッチコピーであって、実際にそれでは成り立たなくなりますから、赤字にならないような仕掛けが不可欠なわけです。
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