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道具さえあれば…
本日(2012年10月3日)の朝日新聞朝刊に、臼田輝(ひかる)さんと彼に言葉で表現する機会を提供した國學院大學の柴田保之教授の記事が出ていました。
1歳になる前、不良の事故で頭部に負った怪我が元で、重症心身障害者となってしまった臼田輝さんは自分で言葉を発することができませんでした。
彼に限らず、重症心身障害者は言葉を発することや言葉を使って意思表示することができないケースが多いため、福祉の現場でそのような人たちのケアに携わっている人の中にさえ、
彼らは喋れないし、意思表示できない
だから、我々の言っていることも十分には理解できてない
ひょっとすると全く理解できていないかもしれない
と決めつけている人がいます。
これが現実です。
多くの人は、「こちらが言うことは理解できているだろう」と考えておられますが、実際にどの程度理解されているのか、また、そこからどのような思考が展開されているのかということについて、実際に目で見て確認することができないので、日常の業務の中では「一方通行のコミュニケーションでも仕方がない」ということになっています。
ですが、実際はそんなことはなかったということがこの記事を読むとよく分かります。
私達以上にいろんなことを考え、それを考えとしてまとめ、道具さえあればそれを表現することができるのです。

臼田さんも柴田教授がつきっきりで言葉を文字にするという作業をしてくれたから、このような意思表示ができたわけですが、これが全ての障害者にできるのかというとそういうわけにはいかないのが現実です。

道具です。これを助ける道具がありさえすれば、障害者にとっても障害者をケアする人たちにとっても、大きな価値が生まれます。
今以上に心を通わせ、障害者の立場にたった応対やケアができるようになります。
健常者は健常者であるがゆえに知り得ない事実を知ることもできます。

道具さえあれば…
どなたか、是非、道具の開発を進めて頂きたいです。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
本当に想定内だから凄い
先般の東日本大震災の際、数万人がパーク内で一夜を過ごすことになった東京ディズニーリゾートで、まさにその時どんなことが行われていたのかについてリポートされた番組を見ました。

揺れが起きて数十秒後、ゲストが撮影したビデオに映っていたのは、

頭を保護して、しゃがんで下さい

と、ゲストに対して避難誘導や防災の指示をしているキャストの姿でした。
そのすぐ後には、

地震が起きたので、建物から離れて下さい

というような放送が流れていました。
更にその後には、ショップの中から売り物のぬいぐるみなどを両手に一杯抱えているキャストが何人も現れ、

これで頭を守って下さい

と言ってダッフィーなどのぬいぐるみを渡している姿が映っていました。
ショッピングバッグを防寒用や雨除け用に配るキャスト、バックヤードから段ボールやブルーシートを持ち出すキャストなど、それぞれが、今必要なことは何か、何があればよいのか、といったことを考えて行動していたわけです。

建物の安全確認が取れたのはディズニーシーの方が先になったため、ディズニーランドにいたゲストをディズニーシーまで誘導する際も、通常の経路では大回りで、とても時間がかかってしまうため、本来であれば絶対にゲストが通ることはない、キャスト用の通路を開放して、最短距離で移動できるようにしたそうです。

こんなことができるのはなぜか?

と思いますよね。
ディズニーリゾートだからできちゃうのかも、と思ってしまう人もおられるでしょう。

まず、ディズニーリゾートの運営会社であるオリエンタルランドの経営陣が、

震度6強の地震が来る、という想定をしていた

ということが何よりも凄いことだと思います。
それに備えるために、防災訓練は年間180回以上実施されているのだそうです。1日おきに、パーク内のどこかでかなりしっかりした防災訓練が行われているのです。
もちろん、私たちゲストの目に触れることはない状況で行っているのですから、我々にはうかがい知れないことですが、キャストにしてみれば、先日の地震は震度5強でしたから完全に想定内のことだったいうことになります。
非常食も3万人が1週間過ごせる程度のものを常に備蓄しているそうです。
実際、あの夜には、お湯をかけてもどすだけでできる温かいひじきご飯などが配られたそうです。こんな食料は早い者勝ちで受け取らないともらい損ねるのではないか、と疑心暗鬼になってしまいそうなものです。しかし、キャストの方は全員に配っても余るぐらいの量があることを知っているわけですから、そのことを落ち着いてゲストに伝えることができます。

とにかく、キャストに一切パニックがなかったこと、それどころか、普段通りの笑顔で、こんな緊急事態の中にある空気や気分を少しでも和ませようとしていたことは、全てのことが訓練を通じて経験している、想定内のことだったからこそだと思います。

もう一つのポイントがあるとしたら、

ゲストには必ず安全にパークで過ごしてもらうということを、キャスト全員が第一の目標として認識している

ということでしょう。
緊急事態が起きても、彼らの行動を支配するのは、

いかにしてゲストの安全を確保するか

ということになるわけです。
それがあるからこそ、売り物のぬいぐるみを全部使って頭を保護して下さいと言って配ったり、お腹が空き始める頃に、お土産用のお菓子などを全部使ってゲストに配ったり、というマニュアルには一切書かれていない行動を、その場その場でキャスト達が考えて実行できるのです。
あの日のディズニーリゾートで行われていたことは、かなり凄いことだったということだけは伝わっていたのですが、具体的にどんなことが行われていたのかはなかなか表に出てきませんでした。
それがこのように表に出てくると、東京ディズニーリゾートの凄さを再認識することができました。
また、それを作っているのは、キャストはもちろんですが、オリエンタルランドの経営陣が、最悪のことを想定して対応策を作り上げていることと、防災対策組織の責任者が社長になっている、すなわち、完全にトップダウンで、経営者自身が先頭に立ってリーダーシップを発揮する組織を作っていることにあると思います。
この防災組織のトップが社長ではなく、総務部長だったりするケースは珍しくないのです。
でも、オリエンタルランドでは、社長が最高責任者となっているのです。
この点も見逃せないポイントだと思います。

いずれ本になるんじゃないかなと思いますが、ディズニーに学べ、という新しいネタがまた見つかったという感じですね。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
大阪市と大阪フィルの活動に拍手
 大阪に住んでいるけれど、大阪市内ではないので市役所に入る機会は滅多にありません。
中之島に大きな四角い建物が鎮座しています。
前を通る御堂筋はしばしば車で通過するので、その際に横目でチラ見するぐらいのものです。

そう言えば、橋下知事の大阪都構想の議論のテーブルに平松市長が乗ってこないので、ツイッターのフォローをやめたそうです。
こんな重要な話し合いなので、正式な議論の場を持つ必要があると思いますが、不眠にも開かれた議論をしたいという意思の表れがツイッターを使うということなのでしょう。

大阪市のお金の使い方には首をかしげたくなるようなこともいろいろありますが、大阪フィルハーモニーに対するスポンサーとして資金を出してくれていることは音楽ファンにとってとてもありがたいことです。
大阪府の方は、大阪センチュリー響への資金援助を大幅削減してしまいました。楽団の運営は厳しい状況が続いているようです。
橋下知事は、文化的な面へ資金を使うことについては、マスコミが食いついてくれるとか、大がかりなイベントになるとか、とにかく目立つことで自分の顔と名前がメディアに露出するようなものが大好きなようです。

大阪フィルの常任指揮者を務めている大植英次さんは、就任以来、クラシックに触れる機会を増やそうと、様々な企画を打ち出しています。
先日も行われましたが、大阪城公園の野外ステージを使った星空コンサートはもう10回ぐらい開催されているでしょう。
これ以外にも、大阪市内のビルなどでのランチタイムコンサートを開くなど、低料金で、敷居の低い演奏会を企画して実施しています。
これは大阪市がスポンサーとして支援しているからこそ実現できているわけで、自主企画で続けることはなかなか大変なことだと思います。
非常に気さくで、しかも楽しい演出が大好きなマエストロ大植ですから、この手のコンサートは普段の定期演奏会などとは違って、クラシック好きかどうかに関わらず、楽しめるような趣向が凝らされています。
星空コンサートでは、チャイコフスキーの序曲1812年を演目の一つに加えています。3年前にもこの曲は入っていたので、きっと毎年演奏しているのだろうと思います。
終盤に大砲の音が「楽器」として楽譜に記載されている曲で、通常の演奏会では録音した音を再生するとか、大太鼓で代用するとかになりますが、野外だと実際の大砲で空砲を鳴らすということも行われます。
星空コンサートでは10数機の大砲が並べられて、空砲を発射していて、会場にいるととても興奮しますし、盛り上がります。
こんな演目をあえて選ぶ辺りもマエストロ大植の、エンターテイナーとしての気持ちの表れかなと思います。
(余談ですが、ロシアのボリショイ劇場には、この1812年の大砲のスイッチを押す専任のスタッフがいるそうで、この曲を演奏する時だけ、かり出されるのだそうです。)

海外では、ベルリンフィルが「ヴァルド・ヴューネ」という野外コンサートを毎年行っていますし、ウィーンフィルもウィーンの森や近年はシェーンブルン宮殿の庭園で野外コンサートを行っています。
芝生や草の上にピクニックセットを広げ、思い思いの姿で超一流のオーケストラの演奏を楽しむことができます。
上半身裸の人もいますし、ビールを飲みながら、なんていうのは当然のことです。
こんな演奏会に行くと、クラシックは敷居が高いから、とか、ちょっと苦手だなあ、などと感じている人たちの印象も一変するだろうと思います。
会場が広いからということもあるでしょうけれど、演奏中に多少騒いでもとがめられるようなことはありません。
皆、楽しみにきているだけですから。

でも、日本ではまだ「クラシックバカ」が多くて、クラシックの演奏中はとにかく静かにしていなければならない、なんて決めつけている人がいます。
静かに演奏を聴くべき状況はもちろんあります。きちんとしたホールで座席について演奏を聴く時には、流石に騒ぐわけにはいきません。
できる限り静かに聴くべきだと思います。
携帯電話の着信音を鳴らすなんて論外だと思います。
私語も慎むべきです。

それはもちろん分かりますが、野外のコンサートだったり、ホールとは違う場所でのカジュアルなコンサートなどでは、もうちょっと気軽に、気楽に演奏を聴けるようにしてもいいのではないかと思うのです。
周囲の人が不快に感じるようなことはダメでしょうが、不快と感じるハードルもちょっと下げてもらってもいいんじゃないかと思うのです。
指揮者の真似をしながら演奏を聴いてもいいじゃないですか。
エチケットのハードルをちょっとだけ下げて、思い思いの楽しみ方を認めあえる状況で、素晴らしい演奏に触れる、そんな場にしたいと大植さんも思っているのではないでしょうか。

こんな場を提供することについて、大阪市は大阪府よりも積極的に取り組んでいると思います。無駄遣いだと糾弾されるようなことや納税者に対して申し開きができないようなことに税金を使ってしまうことは見直すべきですが、文化的なものに対する援助は、上手に企画を練って行うものなら批判されることは少ないと思います。
大フィルの支援は是非とも続けて頂いて、こんな楽しいコンサートの企画をサポートしてほしいと思います。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
ゆうパック
全く関心を持っていなかったので、ペリカン便が日本郵政に吸収合併されていたことを知りませんでした。
仕事でペリカン便を使っていたのですけれど、そんな話には興味がなかったのです。
(こんな姿勢自体も問題ですね。反省しなければなりません。)

で、今回の遅配問題です。
そのような状況にあるという報道を目にする前に、ゆうパックで大阪に向けて便を出していました。
ところがこんなことになっているとネットで発見します。
遅配になっているのは全体の1割程度だから、まさか自分の荷物がその1割に入ることもないだろう、と思っていました。

そして、便が到着する予定の日です。
午前中着で指定したものは昼前に届きました。まあ、予定通りの到着です。
ほら、やっぱり滅多なことはないんだ、と感じます。
でも、午後一、12時〜14時の指定で出した便がなかなか届きません。
気がつけば14時を回っています。
配送伝票の控えを確認して、輸送状況を追跡しますが、最終的な状況が確認できません。
ゆうパックに電話して確認を依頼しますが、

「大阪には到着しているのですが、その先がどうなっているのかが分かりません」

という回答です。
要するにトラッキング自体ができないわけです。
結局、再度荷物を出しなおすので、翌日の朝一番に届けるということになりました。
先に送ったものについては、基本的に損害賠償するということでした。
再配送のコストも賠償するコストも日本郵政が負担するわけです。
大変なコスト増です。
緊急事態なので、それを覚悟の上で対処するしかないことは分かりますが、早い段階でコストをかける判断をしていたらここまで大きな問題にはならなかったのかもしれません。

こんな状況をもたらす背景がうかがい知れる報道を見つけました。
日本郵政郵便事業会社の社長のコメントです。

荷物の到着が1日、2日遅れることはままあることですから、大した問題ではないと思っていました。

という認識なのだそうです。
経営のトップがこの感覚です。
小包がヤマト運輸に扱い高で追い抜かれた理由の一つが、品質に対するこんな低レベルの認識しかもっていなかったことにあったということを、あれから10数年たった今でも経営幹部陣は認識できていなかったのです。

都会に住む息子に野菜を送ったお母さんが、野菜がついたかどうかを息子に尋ねたら、届いていないと言われ、即座にこう言ったそうです。

じゃあ、明日ヤマトで送るよ

消費者の大半はこんな判断をするでしょう。
ヤマト運輸の品質レベルが日本の宅配サービスの基準になっているのです。

今日出したら明日には確実に届く

これが普通になっています。
ゆうパックはこれが普通ではないのです。
確実に届かなくても普通なのです。

だから、配送の仕組みもそんな認識に合わせたものになっていきます。

地下鉄の中吊り広告を見たら、

ゆうパック維新

というキャッチコピーの広告がありました。
しらじらしいというか、物悲しいというか・・・
経営統合に合わせて広告宣伝をしたのでしょうけれど、根本のところが間違っているので広告も逆効果に感じてしまいます。

我々の顧客はだれか
我々の顧客は何を価値あるものと考えるか
そもそも、我々の使命は何か

といったことをしっかりと考えておかなければならないことを改めて教えられた問題だと思います。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
鉄ちゃんがブームになってます
鉄ちゃん

と言っても、人の名前ではありません。
鉄道ファンのことを指す総称です。
私は乗り鉄の部類だと思っています。
仕事の絡みでいろんなところに鉄道等を使って移動をしていましたので、新しいところに行く時は電車の種類をチェックして、その車両に乗れるようスケジューリングをしたりしていました。
鉄道ファンにもいくつかの種類があり、私のようにとにかく乗るのが好きというグループ、撮り鉄という鉄道写真を取るのが好きというグループ、走行音等を録音するのが好きなグループや時刻表マニアなど、いろいろです。

Nゲージなどの鉄道模型を作ったり集めたりするのが好きな人も増えましたね。

こうなると、こんな市場をターゲットにした商品が現れるものです。
宴会場を大ジオラマに改造して、お客さんの鉄道模型を預かるというサービスを始めた途端に、閑古鳥が鳴いていたのに予約帳が一杯になった温泉旅館があります。
旅館のご主人の趣味が鉄道模型だったようですね。

最近では、秋葉原ワシントンホテルがジオラマを設置した客室を作って販売しています。
1室しかありません。
25000円ほどだったと思いますので、あのホテルの中でもかなり高いお部屋の部類になるでしょう。
でも、結構予約が入っているそうです。

写真を撮るのに線路内に立ち入ったりして、警察のご厄介になっている人たちも一部にいるようですが、ほとんどの方は安全に、他人さまにご迷惑をかけることもなく、法を犯すこともなく、鉄道を楽しんでおられます。

一過性のブームで終わるのではなく、何か面白い業態が出来上がったらいいのになあ、と思います。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
よいスタッフに恵まれました
数か月、ブログの書き込みが止まっておりました。
個人的にいろいろありまして、何かを書こうという意欲が全く起きませんでした。
私自身のメンタルなことが問題なのですが、とにかく何も書きたくありませんでした。

が、昨日、ちょっと嬉しいことがあり、書いておきたくなりました。

正社員、パートアルバイト、どちらであっても、採用すればいずれは退職することになります。
辞め方はいろいろあります。
失踪するように、消えてしまう、というパターンもあれば、けんか別れするというパターンもあり、正々堂々、ルールに則って手順を踏んで辞めていくというパターンもあるでしょう。

私が関わっている仕事で働いているアルバイトスタッフが3月一杯で辞めます、と言ってきました。
長期で働きたい気持ちはあるが、当面は3月末をめどにしたいという条件を面接の時に伝えたはずだから、それに従って3月末で辞めたい、ということでした。
人手不足に拍車がかかるので、引き留めようと説得しましたが、4月末まで頑張ってみてもいいが、3月末の時点でもう一度考えさせてほしい、などと中途半端なことを言われます。
3月末ギリギリでやっぱり辞めたいと言われたら対応できなくなるので、それならはっきりさせて欲しいと言うと、では3月末で辞めます、ということになりました。

さて、困りました。アルバイトを募集しないといけません。

などと思っていると、メールが来ました。
辞めたいと言ってきたスタッフからです。
残る他のスタッフたちから、「無責任すぎる」と叱られ、辞めるという話を撤回したい、というような内容でした。
どこまで本気か分からなかったので、放置していると電話が鳴りました。
そのスタッフからです。
いろいろ話しましたが、残ってくれることになりました。

説得したというか、叱り飛ばしたスタッフと辞めたいと言ってきたスタッフは、実は皆、高校の同級生です。多分歯に衣着せぬ物言いで、説得したのだと思います。
高校の同級生って、ついついストレートに言いたいことを言ってしまう、そんな感じになりやすいのかもしれません。

話が逸れましたが、説得してくれたスタッフも、それに応えて自分を見つめなおしてくれたスタッフも、素晴らしいと思いました。

探して見つかるわけではないと思います。
短時間の面接で見抜けるものでもないと思います。
少なくとも、私にはそんな自信はありません。
なんとなく感じる雰囲気の中で、一緒に仕事をしていけそうかな、という感触を持てるかどうか、それしかよりどころを求めず、採否を決めたスタッフです。
それがこんなにしっかりしてくれる、それがとても嬉しかったです。

ビジネスを進めるといっても、自分ひとりでできることには限界があります。
それをカバーするためにスタッフを採用するわけですが、そのスタッフをどのように選び、どのように育成するか、ということを考える上で、自分の気持ちや思い、仕事に対する意識をしっかり伝え、理解してもらえるような関係ができると、スタッフ同士で慰留するというようなことまでしてくれるのだということを学びました。

ちょっと勇気が湧いてくる、そんな夜になりました。
ありがたいことです。感謝します。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
我々は何を売るのか?
業種によって違いはあるものの、我々は何かを売ることで業績を確保しています。
単純に分けてみると、

モノを売る
サービスを売る

という2つ、すなわち形があるものを売るか、形のないものを売るかという2つに区分できると思います。
モノにしても、サービスにしても、

私達は一体何を売っているのだろうか?

という問いに対して、明快な答えを持っていなければなりません。
モノを売っている場合には、比較的答えやすいかもしれません。
サービスを売っている場合は逆に難しいかもしれません。

いや、よく考えてみると、それも逆なのかもしれません。

皆さんの会社は一体何を売っているのでしょうか?

私は昨年来、ベルギー産の高級チョコレートを輸入して販売するビジネスに関わっていますが、

チョコレートを売っている

という答えでよいのだろうか、と自問自答しています。
確かにチョコレートは売っているのですが、それだけなのでしょうか?

経営している側がこの問いに対して明快な答えを持っていないと、スタッフはただチョコレートを売るだけになってしまいます。
一粒189円〜262円のチョコレートです。
決して安くはありません。(決して高くもないのですけれど)
単にチョコレートが好きだから、という理由だけで買って頂ける方は少ないです。
なのに、あえてこれだけのお金を出してチョコレートを買うには何らかの意図や目的があるはずです。
その意図や目的を達成するための道具としてチョコレートが存在するはずです。
その意図や目的を店頭に来た方からきちんと聞き出して、達成のお手伝いをすること、これが販売する側の役割だと思います。

従って、我々はスタッフにも、

「我々は何を売るのか?」

ということをしっかりと理解させ、それを売ることを通じて最終的にチョコレートなどの商品を売るということに繋げていくことが大切なのです。

モノやサービスの裏に隠れいている「価値」を探しだして、それを提供すること

これによって初めてビジネスとして成立するのです。
この点をスタッフと共にしっかり理解しておかないことには、スタッフの動きやサービス提供の品質を維持することが難しくなると思います。
サービスマニュアルを作ることも大切ですが、それにも増して、この根本的なところを押さえておかなければならないと思います。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
回転寿司が成長した理由
くら寿司、スシロー、元禄寿司、にぎり長次郎、かっぱ寿司・・・
皆さんご存じの回転寿司チェーンをいくつかリストアップしてみた。
この30年ほどで沢山のチェーン店ができ、単独店も含めるとかなりの寿司店ができたことになる。
一方、カウンターで食べるお鮨屋さんはどうなのだろう?
総務省の事業所統計では減少する一方のようだ。

こんなに差がついてしまった理由はどこにあるのだろう、と考えてみた。
今では一皿100円(税別)のような寿司チェーンが増えたから、ということも理由の一つになるのかもしれないが、元々は、

明朗会計

という店にあったのではないだろうか?
カウンターを挟んで寿司職人が握る鮨屋はネタの一覧があったとしても値段が書いてなかったり、時価としか書いてなかったりで、客としては一体幾ら取られるのかとドキドキしてしまうが、回転寿司の場合はそんなことはない。
自分が食べたい皿を取った時点で、いくら取られるのかがハッキリ分かる。
まして1皿100円なら皿の枚数×100ですぐに計算ができてしまう。

このように、価格を明示して、お客さんが安心して飲み食いができるというところに成長した要因の一つがあると言えるだろう。
ところが、明朗会計を無視する飲食店がまだ存在するのだそうだ。

ある店で隣り合った方がお話しされたことだが、

グラスで出されるレベルのスペインワイン2杯とチーズ2種類のお勘定が13000円と言われ、どういう単価でこの値段になるのかを説明してくれ、と店主に尋ねると、その根拠を説明することができなかった。
結局、適当な値付けで請求しただけだったのだが、自分達の横には店主と先輩後輩の仲にあることが伺い知れる客がいて、彼らは特別扱いで非常に安い金額でお酒を飲んでいるということが分かった。
つまり、彼らに安く飲み食いさせることで発生する損をお金を取れそうな客に転嫁して回収しようとしていた、ということなのだ。

明朗会計とは対極にある「ぼったくり」の店だったわけだが、比較的冷静で客観的な消費者ならば、こんな仕打ちを受けたら誰も店には寄りつかなくなるだろう。

顧客の創造こそ事業の目的である

というドラッカーさんの教えを適合させて考えてみても、このバーの店主が行っていることは顧客の創造という目標に届かない。
逆に回転寿司チェーンは様々な工夫をした結果として、新たな顧客を創造し、チェーン全体を成長させてきたと言える。
このような事業の成長ポイントには様々なものが挙げられるだろうし、実際にいろんなパターンと成長の間には整合性があるだろう。

そのようなことを学習できない店(事業)は早晩淘汰されていくのではないかと思っている。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
素人っぽさをどこまで消すか
飲食業などで接客をする、いわゆる「サービス」にはプロ意識を求める。
それが一般的だと思う。
プロ意識がないことには成長もない。

だけど、プロ意識という感覚を間違って認識して、それを基にサービスをしているのではないかと思うような人もいる。
お客は通常、素人であることが多い。
もちろん、プロショップなどのようにプロがこぞって通うような業態もあるが、それは例外として。。。

食べ物について、飲み物について、ファッションについて、楽器について・・・

プロだから、いろんなことを知っているはずだし、より美味しい食べ方、より美味しい組み合わせ、かっこよく見せる着こなし、より長持ちしてよりよい音を鳴らすコツ、などなどについて、お客よりはよく分かっているだろう。
そんな「知識」というか「知的資本」(英語ならKnowledgeということなんだろう)を上手に活用してお客と接することが不可欠であることは理解できる。

ただ、これをどんな形で表現し、どんな風に受け止めてもらうか、ということをしっかり考えてサービスをしているか?
ということになると、必ずしもそうとは限らないように思う。
知識をひけらかされてもつまらないし、美味しいなどという極めて主観的な感覚については、これとこれをこんな風に合わせるのが美味しくするための定石などと言われても、美味しいと感じられなければ意味がなくなってしまう。

お客さんに楽しんでもらう
せっかくこの店を選んでくれたのだから、分け隔てなく接する
お客さんの期待値をくみ取って、それにあった応対をする

こう書いてしまえば、この程度のこと、になってしまうのだが、実際の現場ではこれができていないことが少なくない。
相手を見て、適当にあしらうようなサービス(接客)をしている人がいる。

プロにはプロとして、素人には素人っぽさを適当に残しつつ、プロとしての何かをプラスしていく
そんな接客ができるといいのかなと思う。
素人に「君はド素人か?」と思われるのでは論外だけど、嫌味がないレベルでプロらしさを出そうとすると、本当のポイントの部分にしっかりとプロらしさが見せられたらいいのではないだろうか。
それ以外のところは人と人として接することが必要で、その点にはプロも素人もないのだと思う。
「素人っぽさ」という表現は適切ではないかもしれないが、プロも素人もない部分とプロであるべき部分が上手に使い分けできているサービスというのが心地いいのかなと思う。
| サービスマネジメント | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |↑PAGE TOP
タクティールケアは日本で普及するか
高齢者に対するケアの手法はいろいろなものがある。
最近ちょっと注目されているのは、バリアフリーではなく、

バリアアリーによる機能維持


というものだ。
バリアフリーは文字通り段差などの障害をなくしてしまおうというもの。
加齢に伴って、運動機能は徐々に低下してくる。
こう書くとスポーツをするための機能のように聞こえるかもしれないが、歩いたり、バランスをとったりといった機能も運動機能だ。
歩く時に自分が思ったほど足が上がっておらず、ちょっとした段差でつまずいてしまうことがある。トイレで立ち上がろうとした時にバランスを崩して転倒してしまうこともある。
こんなことが起きにくくなるように、床の段差をなくしたり、手すりをつけたり、といった工夫を施す。
これに対してバリアアリーは、そのちょっとした段差などをあえて残しておくことで、高齢者の注意力を維持し、筋力やバランス感覚を維持しようというものだ。
段差があることを理解して、注意しながら歩くことでちょっとした段差はクリアできることが多い。それによって注意力も働くし、足を動かすことで運動機能の低下を少しでも食い止めることになると考えているようだ。
実際、福岡にはそのような考え方であえてバリアフリー化せずに、元々あった建物の段差をそのまま使っている高齢者施設がある。
これは日本生まれの高齢者に対するケアの手法と言えるのではないだろうか。

一方、海外初のケア手法もいろいろある。
高齢者福祉の先進国であるスウェーデン生まれのケア手法の一つに、

タクティールケア


というものがある。
元々はスウェーデンで開発された緩和ケア手法だが、これを高齢者、特に認知症を発症している高齢者に対するケアに活用して成果を上げているケースがあるそうだ。

高齢者の多くは何かしらの痛みを体に感じているものだ。
認知症の人だと、特に痛みはないとしても精神的に安定しないために徘徊したりするわけで、気持ちが落ち着くという状態を作ることはとても重要なことになる。

タクティールケアはオイルを使って手や足、顔などをゆっくりと優しくマッサージする。楽しいことをおしゃべりしながら、コミュニケーションの一部としてマッサージをする感覚だ。
優しく、ソフトにタッチするということは脳が痛みを感じる前に触れられていることの安心感を脳に伝えるのだそうだ。
このような交流が相手に安心感を与え、攻撃性を低下させたり、気持ちを落ち着かせたりという効果があるのだという。

日本ではまだ導入しているところは多くないようだが、このようなケアの手法が普及するのはよいことだと思う。
施設での介護の現場を見ても、介護スタッフ1人に対して5人〜7人の利用者を見なければならない状態では、一人一人に対してゆったりとしたサービスを提供することは容易ではない。
そんな中に、週に1回でもいいからタクティールケアのようにゆったり、リラックスした状態で応対してもらう体験ができることは非常によいことだ。

もう少し日本でも普及していいのではないかなと思う。
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